▼1036号「岐阜県位山・笏と怪人両面宿儺(すくな)」
【本文】
突然ですが、ドラマなどで貴族たちが笏(しゃく)という細長
い板を持っているのを見かけます。もとは象牙だったそうですが、
なかなか手に入らないため、平安時代になると木製のものを使う
ようになったという。その最上の材料は、イチイ科イチイ属の常
緑高木のイチイという植物。
名前は、このイチイの材から笏をつくったので、「正一位」、「従一位」
など、位階にちなんで「一位」(イチイ)とつけられたといわれています。こ
のイチイが群生している山に、岐阜県の位山(くらいやま・1529
m)があります。
この山は、乗鞍岳から西に派生する位山分水嶺の主峰で、山の北側
の谷は日本海へ、南側は太平洋へと注いでいます。平安時代から名山と
して多く詩歌に詠まれ、歌枕にもなっている山。『岐阜県の地名』によ
れば、『言経卿記』(ときつねきょうき・安土桃山時代の公家の山科言経
による日記)の元和3年(1617)二月一日条に、「位山橡(クヌギ・トチと
も)ノ木笏可造」とあります。
また、江戸時代中期の代官・長谷川忠崇編纂)にも、「往古宮木ヲ帝都
ニマヰラセシ時司ヲ賜リテ位山ト称」とあります。こんなことから、この山に
生えている「イチイ(アララギ)」を「上古御笏ノ料トシテ帝都ニ進奏セシニ
其時賜爵アリテ一位ノ木ト称セラレ其地ヲ位山ト号」したのが山名の元の
ようです。
また『宮村史』によれば、かつて地元の人は、この南東にある「位山峠」
のあたりを「位山」と呼び、いまの位山を「だな山」と呼び習わしていまし
た。それが明治時代になり、地図をつくるというので、陸地測量部が位山
と書き込んでしまったらしい。お上が「正式」とする地図に載ってしまって
は仕方ありません。村人には訳が分からぬうちにこのやまは「位山」だと
いうことになりました。
また、位山は、「旧名愛宕山と云う。貞観十五年紫雲見の奏後位山と
改めしと也」(『後風土記』)だとか、乗鞍岳の旧名との説(岡村御蔭:位山
考)もあり、掘り起こせば、どうも一筋縄ではいかないようです。それはとも
かく位山は、自然林が多く残されており、樹種も多いことで知られていま
す。北面にはイチイの原生林が残っています。なおイチイは岐阜県の県
木になっています。
位山は古くから霊山として崇められ、山腹には古代巨石文化遺跡と推
定される祭壇石、その他の巨石群があり、飛騨一ノ宮水無(みなし)神社
ご神体山とも伝えられます。水無神社からのイチイの社木の献上は、今
日までつづき、近世初頭まで飛騨と京を結ぶ唯一の官道「位山道」がふ
もとを通っていたという。
さらにこの山には、両面宿儺(すくな)を「山の主」とする伝説がありま
す。両面宿儺とは、岐阜県飛騨地方で今に伝承される偉人・怪人です。
『日本書紀』巻第十一にこんな話が載っています。
「仁徳天皇65年、飛騨国にひとりの人がいた。宿儺という。一つの胴
体に二つの顔があり、それぞれ反対側を向いていた。頭頂は合してうな
じがなく、胴体のそれぞれに手足があり、膝はあるがひかがみと踵がなか
った。力強く軽捷で、左右に剣を帯び、四つの手で二張りの弓矢を用い
た。そこで皇命に従わず、人民から略奪することを楽しんでいた。それゆ
え和珥臣(※わにのおみ・大和朝廷の雄族)の祖、難波根子武振熊(※
なにわのねこたけふるくま)を遣わしてこれを誅した」とあります。
ところが地元の民の伝承はちょっと違っています。土地によっていろい
ろですが以下はその一例です。その1:増田郡金山町(いまは下呂市)で
は、金山鎮守山(観音堂・金山町桜町)の由来は、仁徳天皇ころ、大野郡
八賀廊日向出波の平から両面宿儺(すくな)の奇人があらわれ、雲中を
飛行し、金山の小山が最も清浄な山であるといった。37日の間大陀羅
尼(だらに)をとなえ、国家安全、五穀豊穣を祈願して、津保(※関市)の
高沢山へ飛行したという。両面宿儺(すくな)が37日間、杖を留めていた
から、山を鎮守山と呼ぶ。村人は堂を新築して観音を迎えて祭った(『金
山町誌』)。
その2:大野郡宮村(いまは高山市)では、位山に七難(しちな)という
鬼が住んでいて、人々を苦しめた。天皇は両面宿儺(すくな)に命じて退
治させた(宮村史)。その3:武儀郡武儀町の伝承。仁徳天皇のころ、下
保郷殿村高沢山に毒蛇がすんでいて人々を苦しめた。そのころ、飛騨国
に顔が頭の両面にあり、手4本、足4本という宿儺(すくな)は、この村にき
て毒蛇を殺して村人を救った(「郷土史談」第一卷第七号)などなど。結
局は勝利者側の記録と敗者側の記録の差で、仕方のないものでしょう
ね。
『新古今集』に、土御門内大臣(つちみかどないだいじん)源通親(み
なもとのみちちか)の、「くらゐ山跡を尋ねてのぼれどもこを思ふみちに猶
まよゐぬる」というのがあります。なお、位山(1529m)、川上岳(かおれだ
け・1626m)、船山(1480m)を合わせて位山三山というそうです。
▼位山【データ】
【位山三山】
・位山(1529m)、川上岳(かおれだけ・1626m)、船山(1480m)
【所在地】
・岐阜県高山市一之宮町と下呂市にまたがる。高山本線飛騨一ノ宮
駅の南西7キロ。高山本線飛騨一ノ宮駅からタクシー、ダナ林道終点。位
山太陽神殿わきから1時間10分で位山山頂。三等三角点(1528.87m)
がある。
【位置】
・三角点:北緯 36度02分27.28秒、東経137度11分28.22秒
【地図】
・2万5千分1地形図名:位山
▼【参考文献】
・『角川日本地名大辞典21・岐阜県』野村忠夫ほか編(角川書店)1980
年(昭和55)
・「植物の世界11-129」(朝日新聞社)1996年(平成8)
・『新日本山岳誌』日本山岳会(ナカニシヤ出版)2005年(平成17)
・『日本山岳ルーツ大辞典』村石利夫(竹書房)1997年(平成9)
・『日本山名事典』徳久球雄ほか(三省堂)2004年(平成16)
・『日本書紀』720年(養老4):岩波文庫『日本書紀』(二)(校注・坂本太
郎ほか)(岩波書店)1995年(平成7)
・『日本伝説大系7・中部』(長野・静岡・愛知・岐阜)岡部由文ほか(みず
うみ書房)1982年(昭和57)
・『日本歴史地名大系21・岐阜県の地名』所三男ほか(平凡社)1989年
(昭和64・平成1)
・『牧野新日本植物図鑑』牧野富太郎(北隆館)1974年(昭和49)
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