▼444号 「高山植物・シナノキンバイ」
【概略】
大事そうに床の間に飾ってあった金の盃に、こっそり酒をつぎ、キ
ューッと一口飲んだババさま。酔って坂道で金の盃を落としてしま
いました。杯はコロコロと転がっていきます。ババサマは「サカズ
キャトマレ、サカズキャトマレ」叫びながら追いかけていきました。
すると次々と金色の花(シナノキンバイ)が咲き出していったとい
うことです。
▼444号 「高山植物・シナノキンバイ」
【本文】
シナノキンバイは、山のお花畑でおなじみの高山植物です。この花
は漢字で「信濃金盃」と書かれます。
昔、信州の甚五部兵衛のババサマは、日ごろ男衆がうまそうに飲む
酒を一度飲んでみたくて仕方がありませんでした。
ある日、村の寄り合いがあり、ババサマもまかないの手伝いに行き
ました。「これはいい機会じゃ」。男衆はやがて酔いがまわり、静か
になりました。
ババサマは「しめた」とばかり、この家の床の間に飾ってあった金
の盃をふところに入れ、蔵に行き酒だるの酒をつぎました。そして
キューッと一口。
そのうまいことといったら……。ババサマはたまらずもう一ぱい、
もう一ぱいと飲み続け、とうとう酔いがまわり、藏のなかで大いび
きをかいて寝てしまいました。
明け方、寒さで目を覚ましたババサマは、我に返りあわてて蔵から
外へ飛び出しました。ババサマは大あわてで坂道を下っていきまし
た。その時、懐から金の盃が落ちました。
盃は坂道をころころと村のほうに向かって転がっていきます。ババ
サマはそれを追いかけながら、「サカズキャトマレ、サカズキャト
マレ」叫びました。
すると、叫ぶたびに金色の花がパッと咲き出します。下の村に転が
り落ちた金の盃のまわりは一面金色の花が咲いています。この騒ぎ
を聞きつけ、村の男衆が集まってきました。
夕べの酒でもうろうとしている男衆の目には、金色の花は金の盃に
見えます。みんな大声を上げながらむしりはじめました。
そのそばでババサマはへなへなと座り込み、ブツブツ叫んでいまし
た。「サカズキトマレ、サカズキトマレ……」。高山植物「シナノキ
ンバイ」にまつわる伝説です。
▼【データ】
【名前】:シナノキンバイ(信濃金梅・信濃金盃)、長野県に多くキ
ンバイソウのように梅の形をした金色の花。また金の盃(杯・さか
ずき)のようでもある。
・キンポウゲ科キンバイソウ属の多年草
【分布】:北海道、本州中部地方。
・茎の高さ30〜50センチ。葉は掌状に五つに裂け、ノコギリのよう
なギザギザがある。
・7〜8月、直径4センチくらいの金色の花を咲かせる。花びらの
ように見えるのはがく。花びらはがくのなかにある細い線のような
もの。雄しべは多数。雌しべは数個から十数個程度。
【参考】
・「花の伝説」稲田由衣(株式会社ナカザワ)
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